PFAS規制と半導体産業:脱テフロンの難しさと代替素材の可能性

はじめに:規制の波と半導体産業への影響

近年、欧米を中心に強まっているPFAS(有機フッ素化合物)規制は、世界のものづくりに大きな影響を与え始めています。PFASは「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」と呼ばれるように環境中で分解されにくく、人体や生態系への蓄積が懸念されています。

規制のきっかけとなったのは、飲料水や土壌中での検出事例が相次いだことに加え、EU REACH規制や米国EPAによる段階的排除方針が明確になったことです。今後は、製造や輸出の両面でフッ素化合物を使用する企業にとって、事業リスクが顕在化していくと考えられます。

その対象範囲は撥水剤や消火剤だけでなく、工業用のフッ素樹脂や添加剤にも及びます。つまり、これまで「安全・安定」とされてきた高分子材料の一部が、環境リスクの観点から見直され始めているのです。

その代表格がPTFE、いわゆる「テフロン」です。テフロンは耐熱性・耐薬品性・低摩擦性・電気絶縁性といった特徴を兼ね備え、半導体産業では装置や部品のあらゆる場面で利用されてきました。これまでの半導体製造は「テフロンなくして成り立たない」と言っても過言ではありません。しかし現在、脱フッ素化合物の潮流が、半導体産業における材料選定の根本を揺るがし始めています。

半導体産業におけるテフロンの役割

半導体の製造プロセスは、極めて苛酷な条件下で行われます。強酸・強アルカリなどの薬液、200℃を超える熱処理、わずかな異物混入も許されないクリーン環境。このすべてに耐えられる素材は限られています。その中でテフロンは、次のような役割を果たしてきました。

テフロンの役割
  • エッチング装置や洗浄装置の配管・ライニング材
    強酸やフッ酸に直接触れる部分で使われ、腐食を防止する。
  • 薬液タンクやバルブ部品
    化学薬品に侵されず、長期間安定して稼働できる。
  • 搬送系の低摩擦部材
    ウエハーを載せるトレーや搬送ガイドなどで摩擦を抑え、パーティクル発生を防ぐ。
  • 絶縁特性を活かした電気部品・シール材
    高周波対応の絶縁体や、リーク防止用のシール材に利用されている。

このように、テフロンは「薬品にも熱にも滑りにも強い万能選手」として、半導体装置の生命線を支えてきたのです。その信頼性は数十年にわたる実績によって裏付けられ、装置メーカー、材料メーカー、ユーザーが共有する「前提素材」となっています。

脱テフロンの難しさ

PFAS規制の流れを受け、産業界では代替材料の模索が始まっています。しかし、テフロンの代替は容易ではありません。その理由は大きく4つに整理できます。

①性能のバランス

耐熱・耐薬品・低摩擦・絶縁という特性を同時に備える素材はほとんど存在しません。ひとつの特性を高めると、他の性能が犠牲になることが多く、「総合点」でテフロンを超える素材はまだ登場していません。

②信頼性の壁

半導体産業では、数ナノメートルの異物でも製品不良につながります。新素材を導入する際には、パーティクル発生やクリーン度の長期検証が不可欠であり、装置メーカー・ユーザー双方の評価には膨大な時間がかかります。そのため、実機レベルでの置き換えは一歩ずつしか進みません。

③コストと認証

代替材を導入すると、装置認証や信頼性評価を再取得する必要があります。製造ラインを停止してまでテストを行うコストや、材料切り替えによる在庫リスクなど、経済的なハードルは非常に高いのです。

④社会的矛盾

規制によって代替を求められる一方で、現実には代替が難しいというジレンマがあります。とくに半導体は国家的戦略産業であり、「環境安全」と「供給安定」の両立が常に問われています。規制を強めれば供給網が不安定化し、緩めれば環境負荷への批判が高まる――このせめぎ合いの中で、産業界は難しい舵取りを迫られているのです。

このように、テフロンの脱却は単なる材料の置き換えではなく、産業構造や認証制度、環境政策が複雑に絡み合う社会的課題となっています。

代替候補となるプラスチック

それでも、各社は非フッ素樹脂を中心に代替の可能性を探っています。テフロン(PTFE)は突出した性能を持つ一方で、製造・廃棄の両面で環境負荷が大きく、規制の強化が避けられない状況にあります。そのため、既存のフッ素樹脂の中からより影響の少ないものを選ぶ方向と、非フッ素系のエンジニアリングプラスチックで新たな用途を開拓する方向の、二つのアプローチが並行して進められています。

①フッ素樹脂系の代替

まず、PFAS規制の対象でありながらも、現時点で実用面からすぐには完全排除が難しいため、PFAやETFEといった「次善策」としてのフッ素樹脂が注目されています。これらはPTFEに近い耐薬品性や安定性を持ち、既存設備との互換性も高いため、短中期的な代替として検討が進められています。

フッ素樹脂系
  • PFA(パーフルオロアルコキシ)
    加工性に優れ、半導体装置ではすでに多く使用されています。しかし、PFAS規制の範囲に含まれる可能性があり、中長期的にはリスクが残ります。
  • ETFE(エチレンテトラフルオロエチレン)
    機械強度や透明性が高く、チューブや薄膜用途での実績があります。ただし耐薬品性はPTFEに及ばず、腐食環境では劣化リスクがあります。

②非フッ素樹脂での挑戦

一方、環境対応型の新素材として注目されているのが非フッ素樹脂です。これらの樹脂はPFAS規制の影響を受けず、リサイクルや再資源化の観点からも持続可能な選択肢として期待されています。耐熱・耐薬品・低アウトガスといった特性をどこまで高次元で実現できるかが、今後の焦点となっています。

非フッ素樹脂
  • PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)
    250℃級の耐熱性と高強度を持ち、薬品にも比較的強い素材です。低摩擦性に課題があり、摺動用途では潤滑充填や表面改質が求められます。高価ではありますが、機構部材への置き換えが進みつつあります。
  • PPS(ポリフェニレンサルファイド)
    耐薬品性・寸法安定性に優れ、高温でも安定しています。ただし滑り性は劣るため、搬送部材には工夫が必要です。
  • UHMW-PE(超高分子量ポリエチレン)
    非常に低摩擦で摺動部材には適していますが、耐熱性が低く薬液用途には不向きです。ロボット搬送やウエハートレーなど、摩擦低減を目的とした部材に適しています。
  • PVDF(ポリフッ化ビニリデン)
    半導体用途で実績があり、耐薬品性や清浄性に優れています。ただし耐熱は限定的で、200℃を超える工程には適用しにくい点が課題です。
  • PMP(ポリメチルペンテン)
    比重0.83と軽量で透明性に優れ、薬液観察窓や軽量部材に適用可能です。耐熱は150℃程度でPTFEには及びませんが、軽量性と加工性で優位な領域もあります。
  • COP(シクロオレフィンポリマー)
    高透明・低アウトガス・寸法安定性に優れており、流路チップや分析用カートリッジで注目されています。耐熱は120~140℃、薬品耐性は中程度で、分析・検査工程などの限定用途に強みを発揮します。

このように、フッ素系と非フッ素系の両面から代替を探る動きが続いており、各素材の特性を組み合わせて最適解を見つけ出すことが求められています。

今後の方向性

単一の樹脂でPTFEを完全に置き換えることは難しい状況です。そのため、今後の方向性は次の3点に集約されます。

①複合化・コーティング技術の活用

PEEKに潤滑材を加える、PPSに表面処理を施す、UHMW-PEに薄膜コートを重ねるなど、組み合わせによって不足する特性を補う取り組みが加速しています。表面改質や積層などの加工技術が、素材の性能を拡張する手段として重要になります。

②用途分解の発想

万能なPTFEの代わりに、薬液部材はPVDF、軽量透明部材はPMP、クリーン用途はCOPといったように、用途ごとに適材を選ぶ戦略が現実的です。装置単位での“総代替”ではなく、部品単位での最適化設計が鍵を握ります。

③規制動向との折り合い

PFASの完全排除ではなく、重要用途に限った例外規定も議論されています。欧州化学庁(ECHA)では「不可欠用途(Essential Use)」という概念が検討されており、半導体分野がその対象になる可能性もあります。産業界は規制と技術革新の両面を見据えながら、柔軟に対応していく必要があります。

まとめ

PFAS規制の流れは、半導体産業にとって大きな挑戦です。PTFE(テフロン)は耐熱・耐薬品・低摩擦・絶縁といった特性を兼ね備え、半導体装置における「万能素材」として長年活躍してきました。その代替は容易ではなく、信頼性・コスト・社会的要請の三重苦に直面しています。

しかし、新しい非フッ素樹脂の登場や複合化技術の進展によって、選択肢は確実に広がりつつあります。PEEKやPPSといったエンジニアリングプラスチックに加え、PMPやCOPなどの新素材も、透明性や軽量性、低アウトガスといった独自の強みを武器に、次世代の部材候補として注目されています。

今後は「万能の代わりに適材適所」「素材+表面技術の融合」という発想で、半導体産業における脱テフロンが進んでいくと考えられます。その過程で、私たち樹脂加工メーカーの役割はますます重要になります。単に素材を置き換えるのではなく、加工技術や設計力を駆使して現場の課題に寄り添い、最適解をともに見出していくこと――それこそが、これからの伴走型ものづくりの姿だといえます。