電波透過性プラスチックとは?誘電率で考えるCASE・自動運転時代の材料選定ガイド

CASE(Connected/Autonomous/Shared/Electric)化が進む自動車は、もはや走るスマホとも呼ばれる存在になっています。常時インターネットに接続し、センサーで周囲を検知し、OTA(Over The Air:無線通信によるソフトウェア更新)でソフトが更新され、車と車、車とインフラがリアルタイムに通信する時代が到来しました。こうした新たな車づくりの裏側で静かに注目度を高めているのが「電波透過性プラスチック素材」です。
本稿では、その材料選定の基本となる誘電率に着目し、とりわけ自動運転を含むCASE時代において樹脂加工メーカーが押さえておきたいポイントを整理します。
電波とは?自動車・自動運転に関わる周波数帯の基礎知識
電波とは電磁波の一種で、3kHz〜300GHz付近の周波数帯を指します。ラジオ・Wi-Fi・携帯電話通信・ミリ波レーダーなど、その用途は周波数によって大きく変わります。低周波は遠くまで届きやすく、高周波は大容量通信や高精度検知に向く特徴があります。
自動車では特に 5G通信・ミリ波レーダー・V2X通信 が活用されており、自動運転の安全性や利便性を支える重要なインフラとなっています。しかし、どれほど高性能な電波技術を搭載しても、「通り道」である筐体やカバーの素材が電波を阻害してしまえば、その性能は発揮されません。
電波透過に重要なプラスチックの誘電率と損失係数
物質が電波を通すかどうかを左右する代表的な指標のひとつが誘電率(ε)です。簡単にたとえると「スポンジが水を吸うかどうか」に近いイメージで、電波エネルギーを吸収する材料(=高誘電率)は減衰が大きく、逆に素通りさせる材料(=低誘電率)は通信性能を邪魔しにくくなります。
さらに、誘電正接(tanδ)と呼ばれる損失係数が小さいほど、透過ロスは少なくなります。つまり「低誘電率プラスチック(電波透過性プラスチック)」とは、一般に「低誘電率・低誘電正接」を満たす樹脂を意味するといえます。
代表的なプラスチック材料の誘電率比較と電波透過性
代表的な材料の誘電率を比較すると以下の通りです。
材料 | 誘電率 | 特徴 |
---|---|---|
PE | 約2.3 | 非常に良好、ミリ波レーダーカバー用途あり |
PP | 約2.2 | 低誘電で加工性よし、試作筐体に多用 |
ABS | 約2.8 | 標準的、車内パネルや通信カバー |
PC-ABS | 約2.9 | 車載用モジュール筐体やカバーに多いがやや高め |
PPS | 約3.5 | 耐熱性は高いが高周波には損失 |
CFRP | 遮蔽 | 炭素繊維が電波を反射・吸収 |
PE・PP系は電波透過性プラスチックとして優れており、通信機能を持つ外装やセンサーカバーに適しています。一方、CFRPは高強度ながら電波を遮断してしまうため、通信性能が求められる領域では不向きです。さらに同じ材料でも、成形厚みが厚いほど透過性能は落ち、表面処理やメッキによっても透過性は大きく変化します。したがって設計初期段階から電波要件を踏まえた設計判断が不可欠になります。
CASE・自動運転自動車における「電波を通す樹脂部品」の活用例
CASEの進展に伴い、自動車には無数のアンテナ・センサーユニットが組み込まれるようになっています。以下は代表的な対応分野です。
分類 | 用途 | 素材に求められる性質 | 部位例 |
---|---|---|---|
C(Connected) | 5G通信アンテナ | 低誘電・耐候性 | 通信モジュールカバー/試作筐体(PP・PC-ABS) |
A(Autonomous) | 24/77GHzミリ波レーダー | 極低損失・外装強度 | エンブレム裏レーダーカバー/樹脂窓(PE) |
S(Shared) | 車内Wi-Fi・Bluetooth | 透過性・意匠性 | 操作パネルカバー/筐体(ABS) |
E(Electric) | V2G/ワイヤレス給電 | 誘電設定・耐熱 | 充電モジュールカバー(PPSなど) |
特に自動運転の分野では、エンブレム裏に配置されるレーダーカバーや、通信モジュールを収納する樹脂筐体といった、切削や溶接で加工できる部品が注目されています。これらは一見すると単なる外装カバーですが、実際には「電波透過窓」として重要な役割を果たします。
プラスチックが十分に電波を通さなければ、検知距離が短くなり、自動運転の安全性に直結します。そのため、材料選定の段階で透過性を考慮することは必須です。
樹脂加工メーカーが電波透過部品を設計する際の注意点
電波透過性プラスチック部品は、見た目には通常のカバーや筐体と変わらない場合が多いものの、その設計は通信性能と直結しています。材料選定や加工方法を誤ると、通信品質が大きく低下し、自動運転やコネクテッド機能の信頼性に影響を与える可能性があります。そのため、設計段階から電波透過性を前提にした配慮が必要です。
具体的な注意点は以下の通りです。
- 材料選定時は誘電率とtanδを必ず確認すること
- 設計厚み=電波損失に直結(薄肉化・リブ設計が有効)
- 金属インサート・塗装・CFRPと組み合わせる場合は電波窓を残す設計が必要
- 5G~ミリ波帯では表面粗度(Ra)も損失要因になるため成形品質が重要です
- 「通す部位」と「遮る部位」をハイブリッド設計することが全体性能を左右します
これらのポイントを踏まえることで、外観・強度・コストといった従来の要求に加え、通信性能を担保した樹脂部品の設計が可能になります。
5G・6G時代の自動運転と電波透過プラスチックの展望
5Gから6G(100GHz級)へ進むにつれて、従来の材料では対応できない領域も生まれてきます。特に自動運転やEV分野では、アンテナカバーやセンサー窓といった「電波透過性カバー・通信対応筐体」の需要が急速に拡大しています。
これまでの樹脂加工は「強度」「外観」「コスト」を重視してきましたが、今後は「電波透過性能」そのものが新しい設計基準になるでしょう。言い換えれば「樹脂加工メーカーが通信性能を考慮する時代」に突入しているのです。
まとめ
「低誘電率プラスチック(電波透過性プラスチック)」とは単なる樹脂ではなく、低誘電率・低損失の材料を、透過性を損なわない形で加工設計したものです。CASE時代において自動車は情報通信機器へと進化し、特に自動運転の安全性はこれら材料の適切な活用に大きく依存しています。
PP・PE・ABS・PC-ABSなどを用いた「見えないアンテナカバーや通信筐体」の樹脂加工技術は、自動車産業における新しい価値提供分野としてますます重要になると考えられます。今後は「強度・外観」に加えて「電波透過性能」を基準に提案・設計支援ができる加工メーカーこそが、自動運転を含むCASE時代の車づくりで優位に立つでしょう。
よくある質問(FAQ)
電波透過性プラスチックはどのような用途で使われますか?
5G通信アンテナ、ミリ波レーダー、車内Wi-Fi、V2X通信などの通信・センサー部品を覆う電波透過性カバーや通信対応筐体で使われます。特に自動運転向けのレーダーカバーや通信モジュール筐体が代表例です。
自動運転に使われるプラスチック部品にはどんな条件が必要ですか?
自動運転で使われる部品には、低誘電率プラスチックであること、低損失特性(低誘電正接)、外装強度、耐候性、加工性が求められます。とくにエンブレム裏のレーダーカバーや樹脂窓では、電波透過性と機械的強度の両立が必須です。
誘電率は材料選定でどう確認すればよいですか?
樹脂メーカーのデータシートに記載されている誘電率(ε)や誘電正接(tanδ)の値を確認し、用途に応じて比較するのが基本です。5Gやミリ波帯に使う場合は、誘電率やtanδが小さいほど通信性能に有利になります。
電波透過性プラスチックは切削や溶接で加工できますか?
はい、可能です。試作筐体や小ロット部品では、PE・PP・ABSなどを切削加工し、必要に応じて押出し溶接や熱溶着を組み合わせることで、量産前の検証やカスタム部品製作に対応できます。
電波透過性プラスチックと電波遮蔽プラスチックはどのように使い分けますか?
通信やセンサーの信号を通したい部位には電波透過性カバーや樹脂窓を採用し、ノイズ源や外部干渉を遮断したい部位には電波遮蔽性プラスチック板を使います。同じ車両の中で両者が併用されるのが一般的です。